乙一 『暗いところで待ち合わせ』

暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)

暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)

いたるところで評判を聞く乙一の小説で最初に読んだのがこれ。
視力を亡くし家族を亡くし、家を出ることをせず毎日静かに生きるミチルと、生まれてからずっと周囲に馴染めず、その性格のせいで職場で虐げられてるアキヒロ。その二人の主人公の視点から語られる話。
アキヒロが殺人を犯し、ミチルに隠れてそっと家に入り込み、二人の奇妙な共同生活が始まるといった内容なのだが、簡単に書いた主人公像からも判る通り、主人公どちらの視点もひたすら暗い。少なくとも中盤までは何の救い様もないお話が続く。だが、少なくとも自分はこの二人の心情や行動、そして話の展開に憤懣のようなものは抱かなかった。二人の境遇は多かれ少なかれ誰しもが抱えうるものだと思う。
不意の事故で視力を失い、家族を失うという境遇におかれたら、ミチルのように家に閉じこもるという選択肢を選んでも仕方ないのかもしれない。そこまで不幸な境遇におかれなくとも、外で怖い目に遭うくらいなら、ずっと家で静かに暮らしたいと思う心は誰にでもあるのではないか。
また、アキヒロまでいかなくても、周囲と自分の温度差を誰でも多少なりとも抱えているのではないだろうか。
そういう誰しもが持っている心の弱さを少しデフォルメし、主人公の抱える問題としたところにこの話のキモがあると思う。
以下ネタバレ含む

二人は同じ屋根の下にいながら避けて暮らす。(厳密に言うと、アキヒロが隠れているだけで、ミチルは存在すら認識していないのだが。)そしてある事をきっかけに、アキヒロの存在をミチルは認識することになる。ミチルは拒絶せず、静かに受け入れる。といっても自己紹介などはしない。会話もない。ただ今まで自分の為だけに作っていた食事を二人分作るようになる。そしてアキヒロもそれを黙って受け入れるのだが、そこがすごく素晴らしい。触れれば壊れるような関係。お互いの素性もわからない。だがそこに誰か居るという幸せを、今まで周囲を拒絶してきた二人も本当は望んでいたんだという描写。ハッキリと二人の口から言わせないところが、より二人の気持ちを表しているのだと思う。
そして二人は徐々にお互いを支えあい、求め合うようになるのだが、それは単なる二人の男女が結び合っていくという簡単なお話ではなく、そのまま二人の成長の過程となっている。前述したひたすら暗い人生の二人が、誰かの存在を感じることでちょっとづつ踏み出す勇気を与え合うというお話なんだと思う。
一応お話のオチ的なものもあるのだが、そこは予定調和であってそれほど重要なことではないように感じた。
それよりもラストで描写されるの二人の確かな絆と成長が、僕をすごく感動させたのでした。